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「秘密」ではなく「平」で決まった真珠湾攻撃

秘密保護法に民主党として反対したが、50人余りの数では全くピリッとしない感じだった。法律の性格上、もっと議論を重ね、修正も図るべきであり、それで我々は反対した。

ここでは一言、そもそも「秘密」と「平」について少し異なる見方を伝えたい。

外務省に入省したての頃、インテリジェンスの専門家の先輩からこっそり教えてもらった話。1941年の12月上旬にアメリカの太平洋艦隊を先制攻撃しようと考えた大日本帝国海軍だったが、その時米太平洋艦隊が果たして真珠湾にいるのか、フィリピンのスービックにいるのかが死活的問題だった。もし攻撃してもぬけの殻だと、大失敗になるからだ。それで、多数のスパイを放ち、12月上旬に米太平洋艦隊がどちらにいるのかを確かめようとしたが、「秘密」の情報をあらゆる手を尽くして入手しても分からなかった。

しかし、ある時、フィリピンのスービック基地からワシントンの国防省(ペンタゴン)に、同基地勤務の将校(中尉くらい)が12月上旬に新婚旅行をしたいとのことで許可願いの電報が発出された。新婚旅行の許可願いだから、「平」の電報で打たれた。「秘密」電報ではなかった。不思議ではない。これを傍受した日本海軍は許可されるのかどうか、固唾を呑んで見守った。もし許可されれば、その時期に(スービックに)将校がいなくても差し支えないということだから、米太平洋艦隊はフィリピンのスービックではなく、ハワイの真珠湾だろうと考えたわけだ。時をおかず、ワシントンの国防省からフィリピンのスービック基地宛に「許可する」の電報が発出された。それもやはり「平」の電報として打たれた。「秘密」電報ではなかった。これも不思議ではない。これを傍受した日本海軍は、迷いなく、12月上旬には米海軍はハワイの真珠湾にいると確信するに至った由。真珠湾攻撃が決定されたもととなった傍受電報は、「秘密」ではなく、「平」の電報だったという話。

外務省入省まもない私にとって、この話は衝撃的だった。爾来、インテリジェンスの世界では、「秘密」と「平」との間に境目は無いことをずーっと肝に銘じて仕事をしてきた。それがプロの世界だ。(了)

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